思い出~昭和40年代の夏。
昭和の夏は今とは違ってクーラーなど常備している御宅はお医者さんぐらいの時代。
だから、夏の夜はガラス戸を全開にして、網戸にして扇風機を回し、蚊取り線香を焚くというのが
我が家のシステムでした。
舞台は小学生の頃の夏。
今日は一週間で待ちに待った嬉しい土曜日で、明日はもっと嬉しい日曜日。
それに、その日の夜の献立は、これまた嬉しい、大好きなカレーでした。
いやー気分は最高。だって、今夜は夜更かしをして、日曜日は好きなだけ朝寝坊が出来るんだからねぇ。
こんなに楽しい事は無い。それに、今晩は、そんな最高の気分を更に盛り上げるには十分なカレーちゃんだもんね。
我が家では、出来上がったカレーの鍋をちゃぶ台の中央に置いて、各々が勝手に汲んでご飯にかけて食べる
セルフスタイルなのが通例です。
さあ、待ちに待った夕方になりました。いよいよ母のカレーが出来上がりましたよ。
家中がその香ばしい匂いで充満して、皆の空腹感をさらに弄びます。でも、これはこれで非常に心地よい空腹ですよ。
だって、お腹いっぱい食べられるのが分かっているから、この程度の空腹など何てことはありません。
いくらでも弄んでくださいよカレーさんよぉ!と、余裕しゃくしゃくな笑顔で鍋ちゃんお出迎えの準備完了です。
お待たせ!とこれまた笑顔の母が、大きな鍋をちゃぶ台の中央にデーンと設置完了です。
いやー待っていましたよとばかりに、大食漢の兄が、勢いよく鍋の蓋を開けたその時です。
「ぶ~~~ん」ボトッ!
何と言う事でしょう!一匹の蛾がカレー沼の中央に勢いよくダイブしてしまったではありませんか!
「あー--!!」と家族。大きさは親指程でしょうか?
「あー--!あぁ?」
という悲鳴の後は、少しでも被害を広めない様にと親父が即座に杓子を持って奴を救い上げようとしたその瞬間!
奴は更にグネグネと回転しながら沼を泳ぎまくるという暴挙に出た。
「ダメだぁ鱗粉まき散らしてる」と姉。
しかし、それでもダメ押しとばかりに、奴は好きなだけ沼を泳ぎまくったあげく消息不明になるという最悪の結末
その一部始終があまりにもショックで「わーん!この野郎!この野郎!」と泣きじゃくる私。
「あ-あ、おそらく、鍋の中で勝手にお陀仏だろうな」と親父のクールな分析。チーン!
それでも諦めきれない私は泣きべそ顔で「鱗粉!」「りんぷーん!」と絶叫。
でも、泣こうが喚こうがもはやどうにもなりません。事実は変わらず、鍋ちゃんご愁傷様と言う訳です。ついでに蛾もね。チーン!
本当は楽しい夜のはずが、家族は、誰が網戸に隙間を開けたのか?といういがみ合いの一級戦犯探しに終始する始末。
ウチらしいなぁ。
結局、カレーの代わりに何を食べたのかも思い出せませんが、一匹の昆虫ごときに全てをぶち壊された
その夜の尋常ではない絶望と喪失感だけは今でも忘れません。虫なんて大嫌いだぁ。